『僕のヒーローアカデミア』は、個性バトルの作品に見えて、実は「社会が何を象徴にして回っているか」を描いている。 ここでは、これまでの会話を踏まえて、ヒロアカを象徴論・連合体論・ラベリング論として読み直し、 最後に調心(自分でできること)へ着地させる。
1. オールマイトの「象徴論」──象徴は社会の安定装置
オールマイトは単なる最強のヒーローではない。彼は「安心」という概念を体現した象徴だった。 ここで思い出すのが、現実における「象徴」の議論、たとえば天皇象徴論である。 象徴は実務ではなく、そこに在ることで社会を成立させる。
そしてワン・フォー・オールは「継承」の結晶だ。 それは、単なる血筋や才能ではなく、責任・物語・歴史が次へ渡され続けるという構造を示す。 (天皇制そのものに限らず、制度や文化、共同体の「継承」全般を想起させる。)
2. 「解放戦線」という語感──連合体・戦線・動員装置
脱線として、『チ。』にも「異端解放戦線」が出てくる。 そもそも「解放戦線」という言葉は、20世紀の政治史で広く用いられた反支配・自決・革命の文脈を持つ。 単独組織ではなく、複数勢力を束ねる“戦線(Front)”=連合体の響きがある。
だからヒロアカの「異能解放戦線」は、名前の時点で政治的ニュアンスを帯びる。 「革命」「解放」「新秩序」といった言葉は、個人の怒りを集団の正義へ変換する装置になり得る。
3. 異能解放戦線とヴィラン連合──同じ「連合体」でも性質が違う
異能解放戦線とヴィラン連合は、どちらも「連合体」を表している。 しかし性質は大きく違う。
- 異能解放戦線:政治的ニュアンスを帯びた革命(理念が先にある)
- ヴィラン連合:反社会者の集合(居場所が先で、目的は後から固まる)
理念が先にある連合体は、動員・大義名分・正当化が強い。 一方で、傷や孤立が先にある連合体は、怒り・復讐・否定が核になりやすい。 この二つが結びつくと、「理念に破壊力」「感情に正当化」が宿り、危険な形になる。
4. ヒーロー社会がもたらした弊害
4-1. ヒーロー依存:助け合いの軽薄化
ヒーローがいる社会は安心を与えるが、その代償として、 個人レベルの助け合いが薄くなる。 「誰かが来る」「誰かの仕事」という外注意識が、 相互扶助の筋力を落としていく。
4-2. 職業化:公共心・義憤・隣人愛が“職務”に変質する
本来、公共心や義憤、隣人愛が原動力だったはずのヒーローが、 「職業」として制度化されると、リスクは損得に換算される。 その結果、超常解放戦線による社会混乱の局面で辞職者が多発し、 責任感が軽薄化する。
同時に社会構造として、市民の自衛意識・手段・能力が極端に軽薄化する。 守る者/守られる者の分断が、危機に弱い社会を作る。
4-3. 「ヴィラン」というレッテル:個人の存在否定に近づく
現実社会でも、テロリスト・暴力団・反社会勢力などを法的・行政的に分離して扱う仕組みはある。 しかし「ヴィラン」は行為や組織というより、個人に貼られるラベルである。
犯罪者の再犯率が高い要因の一つに、出所後の犯罪経歴による周囲の目(社会的排除)がある。 「ヴィラン」というラベルは、それを制度レベルで固定化し、 更生の可能性を狭める。
4-4. 更生カウンセリングの欠如:デクと麗日が目指す方向
捕まえる/収容する仕組みはあっても、 更生的カウンセリングや社会的再統合が欠如している。 だからこそ、デクや麗日が目指すのは 「倒す」だけではなく救済・再接続の方向だと感じる。
5. 宇宙モデルで読む:ヒーロー像=太陽、死柄木=ブラックホール
5-1. ヒーロー像は“太陽”──距離感で人は分岐する
面白いのは、ヴィランであってもそれぞれが「ヒーロー像」を持っている点だ。 人の中にヒーロー像があり、その距離感で行動が決まる。
- 求心(急進)方向にヒーロー像を求める → ヒーローになる
- 遠心方向にヒーロー像を求める → ヴィランになる
辞めていったヒーローは、太陽(ヒーロー像)の周りを回る惑星のようだ。 「惑」という字が入るのも象徴的に興味深い。
5-2. 一般市民はどこか?
- 星に乗っかる一般人:ヒーロー社会に依存する
- 星を出て浮遊する一般人:この星はダメだと失望し漂流する
- ほかの星に行く一般人:別の光(別の正義・別の共同体)へ乗り換える
5-3. 解放戦線=宇宙ステーション
解放戦線は宇宙ステーションのようなものだ。 どの星にも属さず、しかし虚無でもない。 漂流者が停泊し、怒りが言葉と方向を与えられる中継拠点になる。
5-4. 死柄木=ブラックホール(だが、かつて恒星だった可能性)
死柄木はブラックホールだ。 破壊のための破壊、すべてを飲み込む求心力。 だがブラックホールも、かつては恒星だった。 あるいは恒星になる資質があった。
彼の問題は「破壊のための破棄思想」であり、それが他者によって醸成されたことだと思う。 死柄木には苦しい体験があるが、そこに思想はない。 結果的に、オール・フォー・ワンが「思想」を作り上げた。
6. 借り物の怒りと、空洞の論理──対話が平行線になった理由
ここで思い出すのが、ワンピース魚人島編のホーディたちだ。 過去の迫害を旗印にするが、彼ら自身はそれを体験していない。 聞いた話を自分たちの体験とすり替え、不満を暴力で吐き出す。 (この構造は、現実社会でも「体験のない怒り」が政治的に利用される局面と重なることがある。)
死柄木にも同じ構造がある。 彼は苦しい体験と社会を破壊するという行動理念のあいだに空洞がある。 弁証には飛躍がありすぎる。
だからこそ、オール・フォー・ワンがすべて仕組んでいたことに気づくまで、 デクたちの言葉は平行線になっていた。 議論の中身以前に、思想の「出どころ」が違っていたからだ。
7. ここから現実へ──「社会のせい」と思うとき、調心でできること
これは意外と身の回りでも起きる。 自分が不幸せなのは社会のせいだと思う人は少なくない。 確かに社会の影響は小さくないが、自分でできることもたくさんある。 そこを切り口に、調心でできることを語る。
7-1. 最悪の事態を想定する
まず最悪の事態を想定する。 ただし、それが本当に最悪の事態なのか、もう何度か考えてみる。
7-2. 最悪が来た時にどうするかを考える
その最悪の事態が来た時にどうするかを考える。 想定が具体化されると、人は止まりにくくなる。
7-3. 最悪が来ないように準備する
また、最悪の事態が来ないように準備する。 悪い未来を考えると逆にモチベーションが上がるという心理学的な効果も報告されている。
備えあれば憂いなし。 調心とは、不安を消す技術ではなく、不安に飲まれないための準備だ。
まとめ
ヒロアカは、象徴が社会を安定させる一方で、 依存・職業化・ラベリング・更生欠如といった歪みを生み、 その影が「解放戦線」や「ブラックホール」を呼び寄せる物語でもある。
だからこそ、作品を読んだ後に残る問いはこうなる。 「社会のせい」に見える局面で、自分ができる調心は何か。 最悪を想定し、何度か問い直し、対応を決め、準備する。 小さくても、そこから現実は変えられる。

コメント